┃┃ 2008.07.06 ティラナ |
今日はアルバニアの首都、ティラナを散策することにしていたのですが、、、、
なんとまあ暑い日がつづくもので、
夕方の4時を過ぎるまでホステルでぐ~だらしていました。


このホステルはロンプラ(ロンリープラネット。世界で最も売れている旅行ガイドブック)でも地球の歩き方にも掲載されているので、バックパッカーはほとんど集合しているようなかんじでした。なんとここで2人も日本人にあってしまいました!
アルバニアの街はほかのヨーロッパの街を歩いているかんじとさほどはかわらない雰囲気もあったんですが、
物価が安い!スーパーで買い物すると大体日本の0.8くらいの感じです。
アルバニアの街を歩いていて、気づいたことがあるのですが、
建物のデザインが、

ださい。
ださくないですか???
趣味が悪い、、、、
デザイン途上国、、、なんでしょうか??

あと、途上国独特なのが、ゴミ。ざっと見たところ綺麗に掃除されている雰囲気はあるんですが、まとまった場所にそのままゴミがどっさり捨てられていたり公園の芝生の上にビニール袋がちらほら見受けられていたり、、、まだまだ、な感じがします。。。
ヤフーカフェを見つけました。
ところがアルバニアの人たちって、アジア人がかなりめずらしいのかなんなのか、すごくよく声をかけられました。
インドと違って、挨拶して手を振ってくれるくらいなんですが、やっさしい~雰囲気をもつ人が多かった気がします。

見所はそんなにないですが、町中ビルの建設ラッシュで、ほんの数年でこの街はがらりとモダンな雰囲気に変わってしまうのかな、と思うと少し残念な気もします。

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┃┃ 2008.07.07 白い大地のエメラルドビーチを目指して。(ブーノ) |
ティアラからアルバニアの南部、サランダに向かうバスは朝6時に1本あります。
そのバスだけが、海沿いを経由し、なんといってもその景色が絶景だというので朝ゼッ不調な私が
一大決心して5時起きを決意したのでした。
その決意がアルバニアの姿を垣間見ることになるとは思いもしなかったのはいうまでも在りません。
逆に、アルバニアの石灰からなる山々の壮大な景色と美しい海岸、田舎の風景、そんなことが頭をよぎっていたのも
無理はないでしょう。おそらく、誰だってそうです。世界中のツーリスト、ならば。
はい、寝坊しました。
5時起きを決意したはいいものの、眠れない!意識しすぎて眠りに入ったのはなんと3時でした。
ふと目が覚めると、・・・・・5時30分!!
「遅刻だ~~~」
ドミの外では朝早くに出るバックパッカーカップルが準備しているところを横切って、
社会人時代に養った?猛スピードでものの5分で外に飛び出しました。
アルバニアはバス停も時刻表もみんなばらばらで、行き場所によって発着地がまるで違います。
その日の向かうバス停はタクシーでなければ行けない場所。ところが、、、、
タクシーいないじゃん!!!
「おじさん、タクシーのせてよ!、この紙に書いてる場所!」
タクシーのそばにいたおじさんに昨日やどの人に書いてもらった停留所の紙を見せると、
「どれどれ?ああ、こっちこっち」
と、のんびり人のよさそうなおじさんは指で場所を指差しました。
はるか、向こうのバス停に向けて。
「知ってるってば!!タクシーに乗りたいの!!!」
そのおじさん、実はタクシーの運転手ではなかったらしく、親切に行き先だけ示していました
「分かってない~!!ありがと!!!」
うわ~~~、、、、、、遅刻だ~~~~
通りにでても、タクシーのサインはあるものの、車はおらず、いても中は空っぽでした。
さすがアルバニア、、、、
しばらく道路沿いにいらいらしながらつったっていると、
「タクシー?」
と普通乗用車と思える車が止まってくれました。
「うわ~きたよ!!、ここにつれてって!!600レクでいい?」
「500レクだ。」
なんていい人なの!!
「オッケー!!」
そのままバックパックをすぐさま助手席に乗せてそのおじさんはバス停まで向かいました。
バスは15分に出発なんだけど、大丈夫?
そう聞くとおじさんは6時5分前の時計を見せて、大丈夫、とジェスチャーしてくれました。
タクシーの向かった先は、到底歩くことのできない距離で8分以上走り続けました。
着いた先ではちょうど満杯になったバスがたくさん泊まっていて、おじさんは行き先がかかれている紙を見て
私の乗車するバスまでつれていってくれました。
私がのった後、しばらくしてバスは発車。なんとか乗り込めた安心感でしばらく眠りについてしまいました。
今考えると、なんのサインもなかったあの車はタクシーではなかったのかもしれません。500レクは相場の700レクよりだいぶ安く、
もしかしたら私の落ち着きなさをみて、おじさんが連れて行ってくれたのかな、なんて
そう思ってしまいます。
英語はしゃべる?
バス私の隣にいた同い年くらいの男の子はそうたずねてきました。
「少しだけ。あなたは?」
「僕はカナダから来ているんだ。君はここに住んでいるの?」
「2泊しかしてないただのツーリストだよ」
「そっか、すんでるんかと思ったよ。」
そんな話をしていると、どうやら彼はもともと13歳くらいで難民申請を受け、カナダに移住したようでした。
移住してから3年後、正式にカナダの市民権が与えられ、永住できるようになったよう。
彼はねずみ講事件で端を発したアルバニアの無政府状態から脱するためにカナダへ移住したそうです。
ねずみ講事件、3ヶ月で金利100パーセントという状態を政府黙認で続けていたのが原因で、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の終結と同時に国民の半数が破綻に追い込まれたそうです。アルバニアの場合、集めた資金で武器を仕入れボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の紛争当事者へ売り払うことによって収入を得、配当を行っていたそうです。市場経済を導入して間もなかった国民の知識がその異常さに気づくことがなかったのが一番の原因みたいでした。(エンカルタ参照です。もちろん★)
ティラナから海岸沿いに沿って、山が連なっているのですが、ちょうどバスはその山々を越えて海側に出ます。
その山にはモンゴルのゲルのように、家を持たず、遊牧民として暮らしているトルコ系移民が住んでいるとのこと。
アルバニアに遊牧民??って思うかもしれないけれど、彼曰く、それは誰にも言葉としては知られず、当時トルコ移民が迫害されて山に追い詰められてそのように暮らすようになったそうです。
彼らの伝統的な歌や踊りは親から子へ、孫へとその歴史とともに語り継がれているそうです。アルバニア人もトルコ系の移民の伝統や暮らしは知っていても耳を傾けることはなく、国の外に出るとその存在すら知られていないんだ、と彼は言ってました。
国を離れて12年ぶりにみたアルバニアは、当時はバルカンの戦争中だったので今見る姿はだいぶ変わったよ、って言ってました。
どこを見ても建物の工事だらけ。本当に工事中なのか??と思うものも多いくらい。
その姿は少しインドに似ているところもあります。
ただ、モンテネグロといい、どこを見ても本当に建設ラッシュで、もっぱら外国人向けリゾート物件の販売が多く見られました。
アルバニアは10年前まで車を持つことを許されなかった国なので、道路事情は本当に限られています。
車の所有が認められなかった10年前まではわずか600台しか国に車が存在しなかったというのだから驚きです。
だから海沿いの海岸は手つかずの自然だらけ!!2000メートルの山から見下ろす海岸沿いはちょうどブルーのグラディエーションになっていて、道路は絶壁を走り続けました。

ビーチまでの道もがたがたで、舗装もされていない分、観光地としてはかなり魅力的にもかかわらずまったく人がいないのです。
アルバニアの岩山は石灰でできているので低層の木ばかりでその多くがオリーブでした。
ぼくはアルバニアのほかのどこよりもこの海や自然がすきなんだ。このオリーブはだれも現地の人はとらないから、カナダで売ったら儲かるね!なんて話してました。
ちょうど海の向こうにギリシャのコフーが見えてきたときに、彼の携帯にメッセージが入りました。
ようこそ、ギリシャへ!
って、、、、????
「プロパガンダだよ。こうやってこの海も、自然もまるでギリシャのものだと思わせるような広告を打つんだ。」
「でもこれって違法でしょ。」
「アルバニア政府も黙認だよ。こうやってお金もらってるからね。」
!!????
意味が分かりません。
アルバニアは貧しい国で、仕事も見つけるのが大変。だからこうしたものはもちろん、ギリシャ、イタリア、、ドイツなどに偽パスポートなんかを作って不法労働なんかも相当ざらなんだそうです。
「アルバニアに戻ってきたい?」
「無理だよ。でも戻ってこようとは思わないよ。仕事がないからね。」
6時間たって、バスは小さなカフェがたった2件しかない小さな村に着きました。ブーノです。
「ありがとう、話せて楽しかったよ!」
それから3つ目の村で彼はいとこの誕生日があるらしく、私は先にバスを降りました。
バスで出会った元アルバニア系カナダ人、この話を身をもって体験することになるとは、誰が思ったでしょうか。。。。
ブーノは本当に小さな小さな村で、駅の前に日本で言う八百屋さんがひとつあるだけの村。隣にヒマーラという小さな街があって、
なにかあればそこまで行かなければならないみたいでした。
ティラナのホステルの人にもらった手書きの地図がなくとも、村のひとはホステルの場所を聞けばしっていたので
全く問題なくたどり着くことができました。

手付かずのオリーブやイチジクの木が海沿いの荒野に広がっていて、ほんとうにのんび~りした場所。
ホステルに着くと、ティラナホステルからそのまま移動してきたゲスト達が庭先で団欒していました。
わずか4人、とスタッフ2人。
ホステルは昔学校として使われていたところを改築したもののようです。

ここのホステルはすっごく新しくて、なんとオープン10日目!!
私はちょうど20人目のゲストでした。残念ながらゲストブック2ページ目!
その日は私がついてすぐにみんなでビーチまで行くことになりました。
ビーチまでは30分ほどブッシュを歩いていかなければならなかったので、怠惰な私は
車で行くことに。

車の荷台にのって海までがたがた~~~。車が10年前まで一般家庭で持つことができなかったので
この辺は本当に舗装道路が少ないのです。
アフリカってこんなもんなのかな~と思わせる自然っぷりです。
その着いたビーチは、、、、
地元の人が数人と海辺にカフェがちらほら、
海は透き通るようなエメラルドグリーン。

やばい、めっちゃいいわ~~~~
ごみごみしたビーチばかりだった今までに比べてアルバニアのビーチは自然そのものの姿を見せてくれました。
アルバニアの大地は石灰が多いので、真っ白な岩肌に透き通る水がなんとも美しく、テレビのCMに出てきそうなビーチでした。
私たちがいたビーチから泳いで岩の裏側には小さなビーチがまたあって、
だあれもいない白い小石のビーチに一人、ぼーっと波の音だけを聞いていました。

戦時に使用していた。人数人が入れるくらい大きさの防空壕。海側に向かって小さなのぞき穴あけられています。
岩肌に数々見受けられました。その数はなんと全国で6000もあるそうです。
ノルウェーの子が、アルバニアはまだツーリストが少ないから行くのは大変だけど、その分すごく自然が綺麗だろうね。
って言ってたのを思い出しました。
バスで出会った元アルバニア人も、この小さな村の、美しい自然が何よりも好きだって言ってたのも、すごく分かります。
この大地を知る人しか、この姿を知らないんだって思うと、本当に来てよかった~って思いました。
まだここは、ツアーでは絶対に来ることが出来ない場所です。

耳に入るのは
セミの鳴き声と、波の音と、ヤギの足音、ドンキーの鈴の音、村の子供達の笑い声、
視界に入るのは
オリーブの木と白い大地と白い小石のビーチ、エメラルドのグラデーションの海岸沿い
ここにはそれしかないんです。
写真では伝えきれないですね(汗)
だあれもいないビーチにたたずむ爽快感はほんとうに心休まるものがあります。
その夜はみんなで4カ国ミックスの創作料理大会でした。
チキンベースのトマトスープとライスサラダ、
夕方来たオーストラリアの男の子とこのホステルのオーナーを加えて9人のまさしくキャンプみたいな夜でした。
できたてほやほやのホステル、作りかけの建物、デンマーク、クロアチア、日本、、オーストリア、アルバニア、
国際色豊かな夜のひと時は焚き火を囲んで深夜まで続きました。
朝5時おきだった私は1時でダウンだったけど、
ここのアットホームな時間は中欧ホステルランキング、ナンバーワンです。
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