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5月7日。GW明けにまずはインド・ネパールへ向けて出発。空港はがらんとしていて、昨日まで帰国ピークだったと思わせるような気配は微塵
もありませんでした。インドはB型なら好きになる国と知り合いの人に言われました。帰国後、もう二度と行きたくなくなるか、また帰って着たい
と思うのか、想像もつきませんがとりあえず今心配なのはついてから5時間朝まで何をするかということです。構わないでくれ!インド人!!


 ┃┃ 2008.05.07  出発だよ〜。
今成田空港です。海外って、そういえば考えると2年ぶり。しかも前回はグアムだったから結構今回はインドってハードかもしれないね。
GWあけの成田空港はめっちゃすいてます。人がいなすぎて、しばらく社会人生活の中ではこんな時期に利用してなかったのでちょっと驚き。しかも今はチェックインのあとの出発ロビーにパソコンデスクがあるんだよ!すご〜!!
無線ランも使えますなんて書いてるから、へえ〜とおもって接続してみたら、クレジット決済後に使えますってTOPが、ネット開いたらでてきた。
そりゃそうだよね。。でも無料かと思った。有料とか繋ぐまで一切書いてないんだもん。。。

↑空港にあったパソコンデスク         ↑がらあきの出発ロビー

無線ランの設定ってどうやるんだろと思ったけど、レッツは楽ね。勝手にネットワークを認識してくれるし。
不安だったけど一件落着ってか?
今日は朝からドラゴンボールを鑑賞してた。ほんとは最終荷物チェックとかしようと思ってたんだけどね(汗)んで、魔人ぶーとべジータの死闘の戦い見てから泣く泣くでてきた。。早く続きがみたい〜〜〜〜。
しぶしぶバックパックしょってみたんだけど、ほんと重いし!!量ったら10キロだったけど、、、これって、軽いほうなのかしら??
いつも手ぶらに近い荷物だったけど、今回は一度日本に戻ってくるにしろ、この荷物でどんなもんか試すためも含めてフルでパッキングしてみた。カメラとPC、まさにこの2点でクソ重い!!(汚くてすんません)
これがなかったらたぶん7キロいかなかっただろうな〜って思ったよ。。。レンズ4本はやっぱり無理かしら。。。一眼レフ、重いけど、この子がいなきゃ私の旅ははじまりませんで〜。

あれやこれやでそろそろ出発。そろそろ搭乗が始まる。第一弾、インド旅行スタ〜トだ〜。。。。ドキドキ。。。
エアチャイナの機内食。夜時でもない中途半端な時間だったから軽食。

3時間半の飛行で無事北京に到着。ここでトランジットのため、2時間ほど空港で待たなきゃいけないんだけど、なあんか、日本と勝手がちがうというか、なんというか、ん?ん?ということが多かった(汗)

トランスファーのチェックイン手続き時・・・パスポートの写真が本人かどうか疑われる。
荷物検査・・・パソコンピッパリ出されて、パックセーフの金属を取り出され調べられる。
空港喫茶で・・・レッツノートを広げているとカップルの男性の一人が、カイシャ、カイシャ、と私のパソコンをなめるように見る、、、
無線ランの接続ただ乗りしてんのばれてると思ってちょっとびくっとしたけど、なんだ、レッツノートがパナソニックだったのに興味を持ったみたい。。。。
日本人じゃ興味もっても絶対他人のパソコン露骨に見に来ることなんてないよな〜っておもって、姿形は似ていても、中国だなあ〜と思ったよ。。。

ふうっ!なんだかここ数年日本の空気にどっぷりつかってかたらこの感じ、久々。。。。(汗)
それにしても北京空港、きれいだなあ〜!めっちゃ新品ピッカピカって感じ。クアラルンプールよりモダンだな!

空港のカフェでアイスティーでも飲みながらかいてます。電源も貸してくれて、らっき〜。店員のお姉さん、中国人らしくなく接客態度かわいらしくて、ちょっとばかり中国人見直した。(単純とでもなんとでもどうぞ!)

インド行きの飛行機の中で日本人の子に会いました。たまたま宿をとっていたのでずうずうしくも便乗させていただくことに。。。と思ったら、回りを見渡すとまったく日本人の気配すら感じられなく、がらあきの飛行機には中国人とインド人だらけ。ああ〜、よかった〜〜たまたま席が近くだったのでうまく迎えのタクシーも確保できてよかったです。。ありがと〜ございました。。。

インドの空港から宿まで結構あった。めっちゃあやしい通りを抜けたと思ったら、犬と人間と牛が一緒に寝てるし〜〜〜!!
雑魚寝の人人人牛牛牛!やばい。明日報告します。とにかくインドはすごそうです。衝撃だわ〜大汗・・・・・
お休みなさい。


┃┃ 2008.05.08  インド初日。ちょっとは黙れよインド人! 
今日はとりあえずデリー観光。
朝ホテルを出たときからその試練は始まった。。。
客引きがほんとすごい!
10メーター歩くと絶対客引きにあうし、相当しつこいのにびっくり。10分ほどついてくるし。いちいち気にしてたら、ほんといらいらして1日が終わってしまう。これは無視が一番ね。。とおもってもどこまでもついてくるし、こんな国、みたことないよ〜(^^;)


写真を貼ってみて、写真じゃまったく伝わらないことに気づいた。
街中はとにかく混沌としていた。カオス、という言葉がぴったり。

はごみ置き場あさってるし (それでも神聖なる神の使いかい!君らは。。。汗)
かと思ったらヤギだし、
犬が何食べてんかと思ったら鳥の死骸だし。。
道路歩いてたら横たわった人間の顔の上に麻の布がかぶさってた。。。これって死体、、、だよね。。。足だけ出てるし〜〜〜。。。

インド、インドってどんな国?てきかれたら、闇鍋だね。って答えるね。しらん!しらんよそんなこと。とにかくここはインド。それだけ。
それ以外の何者でもないって思った。

今日の観光名所、ジャマー・マスジットに行ってきた。インド最大のモスク。今もイスラムーの休日である金曜日はここで礼拝が行われるそう。入場するときはカメラ持込の際200Rs支払いがあった。イスラムーなので、半そででいったらかぶる布を貸してくれた。
そうかそうか、ここは神聖なる礼拝堂でした。。すんまそん。

中は広くて、石のタイル敷き。ちょうど中の中央には水場があって、ここで体を清めるらしい。

親子連れの観光?インド人。勝手にサービスショット。        トルコのブルーモスクみたいに鳩がいっぱい。

親子の後ろにはタイル敷きになっている石が配列されていますが、一タイル一人がそこにしゃがみこんで礼拝するそうです。
礼拝するムスリムも数名見受けられました。

これもね、門番のおっちゃんがサービスか?とおもって丁寧に教えてくれて写真までばしゃばしゃとってくれたんだけど、
終わったらびっくり、500Rsだって〜〜〜!!(1250円相当)はい!!?って思って、拒否しつづけても結局200Rsとられた。。
油断したよ〜泣
インド人、話しかけてきた人信じるなかれ。これ、教訓です。
しっかしインド人、よくしゃべるね〜!!ほんと。一度声かけてきたら10分以上ついてきた人もいたし。。。I have many japanese friend!
、って君らは何人日本人の友達がいるんかい!ってつっこみたくなったよ。

・・・・・・さて、明日もがんばろうっ!

今日の一言。
インド人を信用したかったら自分から話すこと。これ鉄則。

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┃┃ 2008.05.10  恐るべしインド!巧妙な定番詐欺。
インドに到着して、やっぱりいろいろあったけど、私の旅の中でこんなにあっさりだまされることはいまだかつてなかったと思う、、、
9日は観光の前に次の目的地、バラナシまでの切符を手配しようと、朝一番にニューデリー駅の隣にあある外国人専用の窓口まで向かった。ニューデリー駅までは歩いて10分くらい。
中に入ると係員みたいなひとが、ここはインド人専用の窓口で、出発の5日前までしか予約ができないからDTTDCに行って買うんだよとアドバイスしてくれた。。切符を購入するときに書く用紙をくれて、書き方まで教えてくれた。時刻がわかるように、外に売ってる時刻表も開いて見せてくれた。その後、外のリクシャーのおっちゃんに、DTTDCに行くように指示してくれた。
そこで、、、、

何で感が働かなかったんだろう。。。。私ってほんと馬鹿だ!!
気づいたのは全部お金を払った後だったんだけどね。
予約センターに入るときに外国人専用って書いてあるのも確認したし、近くに時刻表がでてるのも確認したし、自分を信じて窓口にいけばよかったのに、、、今考えてもかなり腹立たしいけど、、、、

リクシャーで着いた先はDTTDCとでっかく看板がでてた。これも確認したんだけど、そこはインド。インドなんですってば!!
わかる?もうわかる??

そう、ここから完全に彼らの手口にかかってたんです。すべて真っ赤なうそ!その日に切符は予約できるし、あんなにあっさり地球の歩き方でMAPを開いてDTTDCを説明できること自体、絶対変なのに。。。。。!!


偽のDTTDCについて、中に入ると結構こ綺麗で、カウンターがいくつかあった。おくのあいているカウンタに座って、電車のチケットを予約したいといって調べてもらうと、14日までフルだって。これも、大嘘。ほんと典型的なんだけど。。。
それでバラナシに行く前にジャイプールとアーグラに行くツアー、後はバラナシからネパールに行くツアーを電車だけ手配してもらった。
その場でお金を払ってしまいました。チーン。

今日一日は車でデリー観光をつけてくれるっていうんでまあ、利用してしまったのさ。私、ほんと馬鹿ね。世の中ただなんてないのにね。
もうだめかも。
その日はデリー博物館と近代アート美術館でず〜っと考えてた。そこまでにあったことを一つ一つ。やっぱり微妙におかしい。
彼らにとって、うまくできすぎてる。。。。ってね。

だから予約センターにいた案内係も、外に泊まっていたリクシャーも、そこからすべて仕組まれているとわかって、はっとした。これって、地球の歩き方の詐欺例と一緒じゃない??。。。。やられた。。。
その時点では60%ほど、彼らに仕組まれてこうなったことは確信してた。後はいずれにしろ、ツアーが安全かどうかなんだけど。。。
だって、もうお金はらっちゃったしどうにもならないでしょ。

そんなことを考えながら近代アート美術館に行った。すると日本人2人の女の子が同じ時間に入ってきてしばらくぷらっぷらとしてたら最後の展示室で一人が座ってたから話しかけてみたんよ。
すると、お互いまったく同じ境遇、、、偶然であった旅行会社の人に旅行プランを考えてもらってるとのこと。しかもその旅行会社のボスの奥さんが日本人??しかも今その人のうちに泊まってる!!?
めっちゃ危険!!
Yちゃん「でもね、信じられないくらいいい家族で、今荷物はそこのうちにあるんだけど、。。。」
りこ「え〜危険じゃない??荷物おいてんの??!!」
Yちゃん「でも門に人もいるし、家族ですんでて、その旅行会社にあったのもまったくもって偶然なんだよね!家にはおばあちゃんもその会社のひとの奥さんもいて今妊娠中。。。でもすごいインド人家庭で、カレーとか手で食べるんだよ〜」
りこ「・・・・」
Yちゃん「よかったら来てみない?私達も今すっごくわからなくて、、、ほんっとにいい人なのかなんかあるのか。。。でもいい人過ぎるくらいいい人たちなんだよね〜。。。」

もちろんちょっと怪しくて、心配だったけど、自分達も今疑心暗鬼で。。。そんなこんなでこっちも男の子一人いるし、せっかくだから話したいしドライバーにいってまた街で落ち合うことにした。
う〜ん、、、私達の状況も心配だけど、彼女らも心配だし〜〜〜でも4人もいれば大丈夫!?
そんなわけのわかんない理由でとにかく行ってみることにしたうちら4人組み。

彼女のいってたところは郊外のちょっとばかしいいかんじのマンションでした。門番さんもいるし、、
4階まであがってYちゃんがノックすると、
「あ〜お帰りなさい」
って、めっちゃ感じのいい日本人の女性がでてきた。
すぐお水をだしてくれて、
チャイまでご馳走してくれた。こら〜〜〜!
Hちゃん「これって睡眠薬とか入ってることあるってかいてますよね〜」
とかいいながら、めっちゃ飲んじゃった(笑)
う〜ん大丈夫じゃない??って、思っちゃった。おばあちゃんもすごくいい感じの人だし、妊娠してるおくさんはすっごく気さくだし。。
なんといってもインドのほのぼの家族。。。。
う〜ん、私達の旅行会社よりぜんぜん安全そう。。。
しばらくしたらその家のお父さんとその奥さんの息子さんが帰ってきた。
「ナイストューミートュー」とかいって、めっちゃ気さく〜〜〜ちょ〜いい雰囲気だ〜〜って思ったよ。
それから私達のツアーの予約表とかみせて、相談したんだけど、案の定政府公認のツアー会社ではないとのこと。
しかもやっぱり予約センターの声かけてきた人、リクシャーもみんなグルだって、、、メールのアドレスも、ホームページも全部名前が違うし、なんといってもクレジット決済の会社名も違ってた、、、金額は一緒だったけど。。。
値段は、妥当みたい。
「そのツアーはどう思う?」
「これに書いてあることがちゃんとやってくれればいいとおもう。でも、全部これまで名前もちがってて、信頼できないところだしちゃんと行われるかどうかもわかんないよ。しかもこんなルートにバスは走ってないし、このエアコン電車もきちんと予約に必要な情報が記載されてないよ。最初からうそばっかの会社はあまり進められないけど。で、きみらはどうしたい?」
「キャンセルしたほうがいいと思う。。。」
でもあくまでこの人たちも含めて信じられるものだったら。ね、と心のなかでは思ってた。
「でも、あっちのひとは当日のキャンセルは50%かかるっていってた」
「これはまったく無効だよ。しかもでたらめなとこもあるし。だから大丈夫。お金は全部返るから。キャンセルの仕方をおしえあげるよ。
まずは明日の朝迎えにきたドライバーの車には絶対のらないこと。そして政府の観光局に行くこと、そこでそのツアー会社に電話して、キャンセルすることを伝えるんだよ。彼らに連れられてツアー会社に絶対行かないんだよ。」って。。

本物の観光局

ああ〜〜〜、言い負かされそう。。。って思って、もしよかったら誰かついてきてほしいとお願いしてしまった、、、
第3者なのにね、、、本とごめんなさい〜〜汗
でも、快く引き受けてくれたボス。夕飯までご馳走になっちゃって、、、ほんとありがとうございました。。。
でも、でも、まだ疑っている自分がいたのがちょっと悲しいやななんやらインド、めっちゃ複雑だわ〜泣

その日は彼の家族とYちゃんk、Hちゃん、Hくんと4人もお世話になっちゃった、、でもめっちゃ落ちつく家、、おばあちゃんおお嫁さんもすっごく気さくでいい人、、、ふつ〜見ず知らずの人が突然きて夕飯までごちそうしてくれるなんてないよね。。。ああ〜〜わからん!!

いっしょにいたHくんはすっごく落ち込んでたけど、ボスやその会社のひとがめっちゃ励ましてた。ああ、、、捨てる神あれば拾う神あり。
なんて、Hくんがいってました。全もってそのとおり!
ほんとにいい出会いをしてしまいました。

インド万歳。対決は次の日につづく。
今日の一言。
インドでひとつの場所にたどりつくまでは巧妙な手口のモンスター達をオール無視することが大事。
残念ながらここの国は性悪説万歳。
がーん、、、



次の日は朝から決戦。まずは9時にボスとマクドナルドの前で待ち合わせ、それから本物の観光局を教えてもらう。

ああ、そうだ、地球の歩き方にのってるやつだ〜!!
私もしっかり記念撮影を。
「ここでまってて。お金は取り返してくるから」
と、ボスの同僚は私を観光局において、Hくんとツアー会社に向かったのでした。私はキャッシュだったけど、Hくんはクレジットだったからサインしなおさないとキャンセルにはできないらしい、、、よかったキャッシュで、、、

2時間くらいかな、ひとりでぼーっと待ってた。
観光局に来る前に外で待ち構えるモンスターに食いつぶされてか、人はすごく少なかった。いちおカウンターの人に、私達を助けてくれたツアー会社が本物かどうかを聞いたら、確かに政府公認の信頼ある会社だった、、、
これでひとまず信じれる、、、心の中でひとつ安心したのを覚えている。
「終わったよ」

ツアー会社人とカレーを食べに。

っと、いつの間にかHくんが横にいた。なんとまあ、前日あんま寝てなかったもんで観光局でねふかけしてた私。
たいしたもんだ!
グレースツアー(助けてくれたツアー会社)

当日のキャンセル料金が少しかかったけど、それでも4000Rsくらい。
ほんとにありがとう、とチップを渡すと、友達だからいらないっていわれました。
インド人は友達、とよくいうけど、今回ばかりはちょっと感動しました。
その後にみんなでカレーを食べにいったんだけど、ほんとにおいしかった〜〜〜。
一日がかりのキャンセル作業だったけど、ほとんどやってもらってしまっった、、、ほんとうにありがとうございました。
ツアー会社の人の自宅でディナー。2人は夫婦。

今日の一言
インドのホスピタリティーは本当に懐深い。

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┃┃ 2008.05.11  始まりは最悪。ジャイプールへ。
j次の日はいよいよジャイプールへ出発。ジャイプール、アーグラと結構場所は離れていて、車で4時間くらい。電車で動いていろいろ見所まで移動するだけでそんなに金額も変わらなかったので、そこだけツアーにすることにした。もう大丈夫だよね〜と思ってたけど、、、べつに雇ってるドライバーがツアー会社の人じゃないし、その人がよくなくっちゃ全全意味がないのです。
つまり、今日のところ、このドライバー、ちょっと最悪。。。も〜〜〜やになっていきなり切れたもんね。

ジャイプールに向かう車窓から                     ドライブインに立ち寄り。カメラ好きなインド人・
ターバンを売ってた。

「ホテルは自分で探さなきゃいけないからここに行って。」
「そこはメインからすごくはなれてるし、その地域は僕はしらない。君は僕の知ってるホテルに泊まればいいんだよ。」
「でも私はここを見てみたいのよ(地球の歩き方)」
「それは5年前の情報だ。今は600Rs以上になってるよ」
「なんでわかるの?じゃあ値段だけチェックするからつれてってよ。もし600Rsだったら泊まらないから。」
「・・・・」
とか、

「今日はショッピングしないのかい?20分だけショッピングセンターにおろすからさあ」
「私荷物重いし、バックパックしょってるから買うものなんてないよ」
「君はべつに買わなくていいから入って」
とか・
はじめっからこれだもんね。本と最悪。
ピッキーンと切れた。。。!
別にあなたの連れて行きたい店にいって、15分見るのはぜんぜん構わないけど、いっつも手数料のことばっか考えてるんじゃ、
私はすっごく気分が悪いんだけど!!
私は自分の行きたいところに連れてってほしいんだけど!!
しばらく沈黙〜〜〜〜、、、

ほんどインド人何とかしてほしいよ。いいサービスだったらチップもあげようと思ってたのに、すっげ〜気分悪いわ!!
ぼそっと、
「君はぼくにとっていい客じゃないね」
「いい客じゃないよ!!わたし学生だし!!(うそ)」
「わかるでしょ?私は世界一周してて、これからアフリカも行くし、日本に家がない。カーペット買ったってしかたないよ。」

もうめんどくさくなって結局400RS以下だったらOKにして彼の手数料が取れるホテルにいった。
まあ、予算が300だったらラッキーって思ってたけどこのくらいならね。
1000円程度だし。初日からほんっと最悪だよ。めっちゃ気分が悪い!!
はっきりいって、400RS(1000円くらい)のホテル、めっちゃいいよ。。ダブルだから二人だったら一人200RS。500円くらい。べつに私ドミトリーでもいいんですけど。

そんなこんなでホテルはまあいいほうだったので荷物を置いた後に街に繰り出しました。


ジャイプールはピンクシティ。                       サトウキビ?とレモネードを道端で買った。インドの高校生と。すごく美人

サリーも購入。結婚式に日本でも着れるんじゃないかと思った。頭にかぶるのは結婚している人。らしい

街のいたるところにヒンドウの神様がある。この写真、20Rs。うかつにインド人の好意だとおもって写真をとるとふつーに50Rsとかいわれる。
20しかない〜って、ごまかした。

ジャイプールの街はピンクシティと呼ばれていて、町並みがピンク色。すべて城壁で囲まれていて整然としている。
観光は明日。
ほんとにこのおっちゃんドライバーとうまくやっていけるんだろうか。。。

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┃┃ 2008.05.12  インド人は英語を話せるか?
その日の暑さは44度・・朝からアンベール城にいくことにしていたので、9時にホテルをでた。。。
アンベール城というのはアンベール王国(16世紀)の首都。ジャイプ-ル市内から11キロのところにある、丘の上に建設された巨大な城。
私が行った時間は10時すぎ。気温は相当なものだったみたい。。。
結論から言ってしまえば、中に入る気力もなく、日陰で休んでた(汗)案の定インド人たちがわらわらガイドしてやるとか、おみやげはどうだ、とか、太鼓買わないかとか、めさくさ近寄ってきたけど、全部無視。
韓国人とか、英語話せないように日本語で返したりてきとーにあしらってた。

左)ゾウに乗ってアンベール城に行くこともできる一人400Rsほど 右)学生と話していたアンベール城の中庭

城の中野ベンチで休んでたときに学生の男の子が近くに寄ってきた。彼は英語を話して正しいガイドをできるようになるためにここに来て外国人にガイドをしているとのこと。最初は「またきたよー」とか思って適当な答えをばんばん言ってたけど純粋に英語がうまくなりたいらしくて、
「ジャマじゃなかったら、アンベール城について説明していい?」
「べつにいいけど、無料ならね」
「お金はいらないよ。ただ英語をいっぱい話して、正しいガイドが英語でできるようになりたいだけだから」
と言ってた。
「あなたは学生?いつから英語を勉強してるの?」
「うん、ジャイプールのアメリカンスクールに通ってて、6歳のころから英語で勉強してるんだ」
「なるほど、だから市内で英語を話せない人は、教育をうけていないからなんだね」
「そういうこと」
インド人結構な割合で英語をはなせるけど、街の中で話せる人は意外に少なかった。なるほど〜教育うけてるかどうか、ってことなんだな・・

デリーに降り立って、街を歩くとみんな英語で私達に話しかけてくる。道とかを聞くのはそういう人じゃなくて、こちらに興味のなさそうな人なんだけど、結構英語が通じなかったりする。やっぱり教育受けている階級やなんやらが関係してるんだな。ってその時分かった。

彼としばらく他愛もないおしゃべりをして、1時間ほどして別れた。
「話せて楽しかったよ。ありがとう」

左・アンベール城入り口 右ウォーターパレス
インド人はほんとにいろんなひとがいるな〜。。まじめすぎたり超やさしかったり、だますことしか考えてなかったり、でも基本的にはすごくいい人が多いかも。好きかどうかはわからないけど、一言にこんな国、っていうのはすごく難しい。
ラクダとゾウのツーショット
それからすぐホテルに戻ったんだけど、猛暑にダウンして午後はずっと寝てました。。。寒いよりましだけど、44度はさすがに体に堪えたのでした。。。


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┃┃ 2008.05.13  撮影会inタージマハール
前の日に体調を崩してずっと寝ていたけど、だいぶよくなったと思ったら、今日はアーグラまで移動の日。5時間の道のりをまったく運転手と話さずに(というか体調がすぐれなくて面倒くさかった)すごした。
もう運転手と離れたくて離れたくて仕方がなかった。

その途中のモスクに立ち寄った際も、たった1キロの道のりをリクシャーで往復100Rsでのらされ、(タクシーの運転手と勝手に運転手が交渉)、高いんじゃない?(普通は10Rsくらいですむ)と一言いった。今日の宿は300Rs以下のつもりだよ。といったら、君は高い高いというけど、僕へのチップはいくら払うんだい?と、金の話ばかり。

もともと自分で探す予定だったホテルにもなかなか連れて行ってくれないから(自分のコミッションが入るホテルばかり連れて行こうとする)、相当ぐずねたら、「そのホテルの道へは自動車が入っていけないから途中から歩くんならいいよ」とまで言う。
(いっぱい自動車走ってるんですけど、、、、よくまあそんな嘘を平然とつけるね、君!)
「構わないよ」といって、車を降りた。
タージマハールまで10分の道のりをバックパックで歩いたけど、運転手と離れたことにすごく開放感。
あんなやつにチップなんて払いたくないわ!!って結構ムカついている。。

気分も優れないままカメルホテルにチェックイン。屋上からはタージマハールの全景が望めるホテル。
シャワーを浴びて、4時半くらいまでまって、日が傾いてから外にでることにした。

タージマハールは街のなかにいきなり門が現れる。前兆なんてなく、いきなりぴょこんと。
荷物チェックでは中身まで全部調べられて、カメラしか持って行かなかったので預ける必要はなかった。体調もすぐれなかったし、気分もあまりよくなかったので(運転手のせいで)最初の印象は、あ〜、これがタージマハールかあ。といったくらいだった。

左)タージマハール正面から                右)タージマハール
タージマハールの入場料はひたすら高い。750Rsだから、2000円近くする。だから中にいるインド人も身なりのいいひとが多かった気がする。今までで一番違ったのは、、、、

「photo? if you donnot mind]
って明らかにインド人が写真を一緒にとりたがってくる。デリーでも何枚かあったけど、タージはものすごかった。

左)タージ裏側が川になっている国王はこの対岸に自分の黒曜石の墓も予定していた!? 右)タージの墓石 ここに王妃と国王が眠る

全部見終わって入り口の近くでぼーっとしていると、あれよあれよというまにインド人が次から次へとむらがってきて、写真をとってくださいやら、そういうまでもなく、私のそばにやってきて明らかに私と一緒の構図をとってるし。。。

日本人ってそんなに珍しい??
タージをバックに記念写真に付き合ったら、それを見たインド人に囲まれて、長い行列ができてしまった。。。そんなに珍しいか!!!???日本人が??
この後、インド人に囲まれてモデル張りの大撮影会になりました。。。20〜枚くらいは軽く撮られた。。。

右)早く並びなさいといわんばかりのカメラパパ達。     左)この子達一人ひとりと記念撮影をした後に。


左)外国人に興味深々の子供達   右)お母さんが撮って貰いなさいと言わんばかりに子供を差し出す(笑)

お金をせびるでもなく、興味本位のインド人たち。でも楽しかった〜。
目がくりんとしてて、インドの子供はほんとにかわいいです。
そのこたちの親が、投げキッスしてお別れしなさいと子供にしぐさをさせてみたり、みんなと握手をしたり、インドにきて久々になんの裏もない触れ合いをした気がしました。
このおかげで私の気持ちもだいぶ晴れて、さあて、明日はバラナシに向けて出発。運転手ともおさらば。少し元気がでました。

その夜はホテルに帰ると、欧米のバックパッカーたちが屋上で夕食をとっていたので、10歳の男の子&パパの2人組みにまざってインドの話や旅行の話で盛り上がりました。旅行って、こうでなくっちゃね。。。って、思いました。

運転手は高いホテルに私を連れて行こうとして安宿ばかり止まろうとする私を否定するけど、ただ安いからだけじゃなくて、そんな出会いが一番の旅の醍醐味なんだと、改めて感じました。インド人含めてちょっといやになりそうにもなったけど、やっぱり巨大人口の大国インド、ほんとうにいろんな人種が生きています。

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 ┃┃ 2008.05.14 タージマハールのほとりで
インドに来て、実は自分が都会があまり好きじゃないことにようやく気がついた。すむなら都会だけど(めんどくさがりやだし)でも田舎が好きだなあと思った。
その日は朝から運転手と待ち合わせしてしまって(汗)アーグラフォートにつれていってもらうことにしていたんだけど、9時に待ち合わせだったものだからちょっと後悔。。もう少し遅い時間にすればよかったわ、、、
インドに着てから何度かフォートにいったけど、一度みるともういいかも、、、だって、みんなおなじ。規模がちょっとずつ違うだけだし。。。
外国人がお寺を見ても結局そう思うのかな、、、私ならお寺はどれをみてもまた違った感じが楽しめるんだけど、、、
アーグラフォーとはアーグラの駅のすぐ裏にあって、街中からもすごく簡単にいける。

左)アーグラフォート門   右)そこらへんにいる猿

タージマハールを建設したシャージャハーンが実の息子に幽閉されて生涯を終えた最後の城。幽閉といっても、なかなか素敵なお部屋でした。窓からはタージが見えて、妃を想って亡くなっていったのかそうでないのか、、、川の向こう岸にそびえるタージがなんとも印象的。
あとはほかのフォートとそんなにかわらなかったけど。一応世界遺産に登録されているお城。

左)アーグラフォート       右)ジャージャハーンが幽閉されていた場所(東京の1Rより立派。あたりまえか)

やっぱりツアーじゃなくって全部電車にすればよかったかなー運転手も最悪だしー、、、
その最中城の中でこの旅3度目の日本人に出会った。ぜんぜん旅慣れしてそーな人だったから声かけちゃ迷惑かなーなんて思ったけどぜんぜん気さくな人。よかったーっほ!
インドは二度目らしくってあーだこーだいろいろ知っててすごく勉強になる感じだったからもっと話ききたいなーって思ってうちの運転手に一緒にのっけてってもらおうとおもったけど案の定、

「その彼を乗せるのは俺の仕事じゃない」
とかいうもんだから、ごめんねーっていって、私のホテルに戻って再度待ち合わせすることにしたのさ。
ほんと、うちのドライバーは金のことしか考えてないしね!その帰り道、うるさいのでこの旅1度だけ土産やによってあげることにした。
しかもそのみやげものや、めっちゃ高いの。ひとつの銅像が50万したりするとこで、家具とかカーペットがメイン。椅子一個50万〜??ってかんじで。机100万くらいかな〜。。
土産屋の店内。久々に綺麗な店内をみた。

買えるかこんなもの!!!って思ったけど、高級ショップだったから(日本で言うと普通の店内なんだけど。イルムスみたいな)居心地はよかったからまあいいか、と思って15分ばかりうろうろさせてもらった。
この運転手、馬鹿なんじゃなかろうか、、、、ってうたがっちゃった、絶対買わないのに、、、、、それとも購入しなくても高級店ならコミッションも高いのか??この間つれていかれた店は高級すぎて買わないって言ったら中にも入れてもらえなかったけどね。

そのあとは雨が降っていたので、とりあえずホテルに戻ってインターネットしようと思ったけど、結構すぐ晴れてきて、もとどおり暑くなった。
街の中をのーんびり歩きながら、ちょっとだけ開放された気分に浸れたのが幸い。前から撮ろう撮ろうとおもってたキャメルにも遭遇したから撮影さしてもらった。キャメル、でか〜いの。乗る?っていわれたけど、あまりにでかいから遠慮したよ。

キャメルは荷物運びによく使われていて、普段はつーんとすました顔つき。なんだか好きです。この顔。ちゃんと名前もある。忘れたけど。

その後は先ほどあった日本人とタージマハールの川のほとりに行って、のんびーりおしゃべりをしてました。
タージのうらがわはなんもなくて、たぶん今は乾季だから水がなかったのかな〜。

左)タージマハールと夕焼け    右)夕焼け

猿やら牛やら羊やら動物がふつーに暮らしている小道をとおってぬけた先はのんびりしてて3時間も過ごしちゃったよ、、、
写真をみてもわかるとおり、インドは大気汚染がものすごい。太陽が沈んでなくても太陽の形が見えなくなってしまうくらい。
下のあたりが黒い夕焼けなんて初めてとったわ、、、、東京のあれでも綺麗なほうなのね、、、
まあ、途上国の大気汚染はどこにいってもそうなんだけど、、、そうはいっても、難しいところはあるんですよね。。。

次の日、その日ジャイプールでテロ爆破事件が発生したことを知りました、、自分の出発した1日後の出来事だったのでびっくり、、、
しかも私が歩いていた地域だったから、ほんとうに驚きました。
亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りします。
その日乗った電車の相席したインド人もジャイプールに住んでいる人でした。たぶん、彼女らはまだ知らなかったのかも。

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┃┃ 2008.05.15  聖地バラナシ
アーグラからバラナシまで夜行列車でやく11時間。電車は予定の夜9時10分より30分遅れて発車したけど、その間何度かとろとろとまることが多かったので、結局駅に着いたのは予定より2時間30分も遅く、10時30分ほど。それでも寝台列車は結構快適で、疲れることなくすごすことができました。
バラナシまでの寝台列車。

アーグラに観光に行って、これからいとこの家を訪ねるという家族連れにも出会いました。少女達は20歳と16歳。住まいはジャイプールということでしたが、後でテロ爆破事件のことを知ったとき、ほんとうにこの人たちが町に戻らなくてよかった〜って思いました。
案の定記念撮影を頼まれたので私も近くのおじさんにとってもらうことにl。。。しまった〜マニュアルでピントはずしてしまった!!
左手前2人が大学生と高校生。あとはママやおばさん。
すうごく大荷物をもってたんだけど、朝ごはんとかも持参してた。身に着けているものもなんか高そうなもの。きっと階級高い人たちなんだろうな〜携帯電話も、ウォークマンもしてたし。。。
やっぱり女性グループでこうやってちょっといいクラスの電車にのると安心して会話することができます。。インドに来てからなにかとお金の話ばかりなのでちょっと疲れちゃった、、、でも彼らも必死なんだもんね、、しょうがないけど。。。

バラナシではフレンズという日本人宿にとまりました。ドミトリーは満員で、ダブルしかなかったけど、それでも200Rs!やっすーい!!
オーナーが不在でその家のぼうやが案内してくれたんだけど、8歳なのに、すごく大人びてて、宿の案内とか全部してくれました。
ものが落ちたときも、大丈夫、座ってて、とか、チケットの手配とかボートの手配とか僕のパパがやってくれるよとか、日本にこんなにしっかりした8歳はいないよ。。すごすぎ!!

左)屋上からみるガンジス川  右)案内してくれた男の子

チェックインしてやっぱりちょっと疲れてたみたいでお昼寝してたら夕方。7時からガンジス川でヒンドューのお祈りがあるっていうんで行ってみた。

左)ガンガーに面して水面が上がっても沐浴できるように階段状になってる 右)ガンガーに向かって祈りをささげる男の子


左)川に流した灯篭 右)灯篭をこうやって配っている

ガンガーの辺もたくさんの巡礼者がきていて、それに混じって観光客もすごく多かったです。
この周辺を夜9時くらいまで歩く分には十分安全で、人も多いし、宿も徒歩1分だったのですごく快適。
帰る前には朝日を拝んで帰ろうかな。。。


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 ┃┃ 2008.05.16  バラナシ二日目。癒されるわ〜。。。
今日はお洗濯の日!それとのんびりする日!と決めたので10時くらいまでだらだらしてて、それからお昼をゲットしに街にくりだしました。

バラナシの街はほんとにインド人がごちゃごちゃうるさく日本語で話しかけてくるのでうざい人がおおいのだけど、
地元の人が買い物とかする場所にいくと、そんなのはぜんぜんありません。

新鮮な野菜がマーケットで売られていました。
マンゴーとかもあったんだけど、冷蔵庫とナイフがないので、ちょっとやめときました。
昨日泊まってた人に教えてもらったマンゴーらっシーやさんは街にでたすぐそばにあったので簡単にみつかりました。
ここのマンゴーラッシーは氷をいれてミキサーにかけてくれるのでめっちゃうまい!なかなかのお味です。。!
ココナツラッシーもレストランで頼んだけど、ちょっと高くて25Rs、でもいままでで一番おいしかった!ココナツラッシーは甘すぎずおなかにたまって朝ごはんにちょうどよかった★
途中街中を歩いていたら偶然昨日であった日本の人とばったりあったのでしばらくぷらぷらしました〜。

とはいっても気温は40度以上、、、すぐにホテルにもどってお洗濯と休憩、、、日が傾くのをまって再度出発です。
今日行ったのは、バラナシヒンドゥー大学。街からリクシャーで15分くらいのところで、図書館とかもあいてるようだったから癒されにいこっかな〜とおもって、4時半くらいにホテルをでました。

大学構内は車も走ってて、本当に広いです。。。ただ、大学の建物だけでなくて、お寺なんかもあったので夕方には巡礼のひとがたくさん来ていました。
大学構内にあるお寺。靴はぬいで入る。たくさんのヒンドゥー教徒が巡礼してました。


お寺の外   右)お寺の中は吹き抜けで開放的


今日のメインは大学図書館。パスポートをみせてから中に入れてくれました。ほんとうはカメラとかもあずけなければいけないんだけど、
使わないならいいよ〜っていってくれた。

中は吹き抜けになっていて、すごくレトロかつ開放的な図書館でした。撮影したかったけどだめみたいだし、、、今日は土曜日だったけど、数人のインド人学生らしき人たちが自習してました。

けっこう本とかちらかしっぱなしで、物理の教科書があったのでのぞいてみたら、日本の高校物理とまったく一緒でした、、
なつかしい〜公式がいっぱい。全部英語でかかれていました。
大学生は英語で授業うけるうか〜、、、2ヶ国語があたりまえなんやな〜すごい!
ワイヤレスのインターネットも入っているみたいで、パソコンもってきていれば無料インターネットができるみたい。。さすが大学★
なんだかなつかしい気分と、もともと図書館が好きなのでめっちゃ落ち着いちゃいました。
インドの人材はすごいっていうけど、こうして休みのときもがんばってるインド人をみると日本とかわらないな〜って思いました。

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┃┃ 2008.05.17  いよいよ。。。ネパールへ向けて出発です。
ちょっとどきどきしています。なぜなら今日はネパールへ向けて出発だからです。
現在夜の10時。翌日0時30分にバラナシからゴラプールという国境の町に向かい、そこからネパールの国境、ソナウリに向かいます。

国境こえるのは何度かしたことがありますが、ヨーロッパはめっちゃ簡単だったし、インドネパールとなるとちょっとどきどきしてしまいます。それより、無事バスをつかまえられるのだろうか、という不安のほうが大きいのですが、、、、
バラナシには日本人が結構いて、その人たちにネパール国境超えのアドバイスをいくつかいただきました。
トラブルになりやすいのはべらぼうな両替コミッション。
これがまずひどいらしい。。。
というわけで、バラナシでネパールルピーを手に入れることに成功しました。これでひとつ安心。。。
国境でバスを捕まえられるかどうかはみなさんそんなに心配してませんでした。
声をあげれば大丈夫っていってたけど私今までのインド人、かなり信じてないからまたひどい目にあわされるんじゃないかと。。。。
もうデリー恐怖です。。。

らくださんまたね〜★

今日は朝に昨日見つけたおいしいベジタリアンフードのお店でココナツラッシーをのんで活力をつけました。
バラナシはほんとなんにもないところ。観光っていうより、ほんと沐浴と、あとは街ってかんじです。
私は早く自然のなかで癒されたいわ。。。と願うばかりです。
やっぱり秋田生まれは自然に帰るみたいですね。
途中いろいろ寄り道も考えたけど結局まっすぐポカラに行く線が有力です。あとはゆっくり夜行列車で考えようかな。
6時間、ていってもまあ8時間はかかるだろうとみて、久々のエアコンに涼みたいと思います。
インドさらばじゃ〜!!(またすぐ帰ってくるけど。)

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 ┃┃ 2008.05.18  インドを抜けて。ネパールへ。
この間のアーグラ発の電車はちょうど時間とおりに着いたんだけど、今回は1時間半遅れてバラナシを発車した。インド時間はだれも急ごうとしないし、まったく電車が来る気配もなければインド人もホームでも構内でもお所構わず仮眠タイム。駅構内は犬も仮眠、物乞いも仮眠、外国人だけが不安げに電車が来るのを今かと待ちわびている。
インドのアナウンスはまったくもってわからないし、インド人にきいてもトリプルチェックしないと本当にあってるかどうかがまず疑わしいので移動の際は一番神経を使う。


リッチなインド人も貧しいインド人もみんなホームにごろ寝しながら電車を待っている。

今回はたまたま駅の係員が私のことをおぼてていててくれたので、出発ホームが変更したのをわざわざ教えてくれた。
本来ならありがとーっとお礼を言って素直にホームへいくんだろうけど、インドに来て、まずインド人を信用しなくなってしまった、、、、悲しいくらいに、。まず3人に声をかけて向かう場所と駅のホームを確かめる。
それから電車にのって乗客に再確認。ヨーロッパなら係員に聞くだけなんだけど、駅係員かどうかもまず疑わしいインド、、、なんだかほんとにむなしい気分なんだけど、そうしないとこの国じゃ旅なんてできないから、、、

なんかここ10日間で私の旅のスタイル一気に崩れ変化した。現地の人とは話さないこと。親切な人は疑ってかかること。
インドが好きって人もいるけれど、私はこの旅のスタイルになかなか慣れず、いいインド人もたくさん見たし出会ってきたけど北インドに関していえばできれば避けたい場所。ごめんねインド人、、、すごおく疲れるわ。

ようやく電車がついて、そこからはゴラプールまで6時間。仮眠とはいえ、2段ベッドのエアコン車両はなかなかの快適さだったので結構すんなり眠りについた。じろじろインド人男性が凝視してももう気にしない。でも少しは目が合ったら微笑んでほしいんだよね!凝視してるだけだと怖いんですけど!!その辺は欧米人のほうがちょっとリラックスするなあ。。お願い。笑ってください。日本人は笑わないけどね。(棚の上)

電車は1時間半も遅れたのに1時間ほどの遅れでゴラプールに到着。結構大きい駅。駅に出るとジープの引き込みがわんさかあって、そのひとつがネパール国境まで100Rsって、珍しくもローカル値段!すでに座って待っていた乗客は家族づれで、行き先も確かにネパール方面だった。その家族は国境越えしたあとも暑さに負けて食欲がない私を心配してくれたのか、きゅうりの丸かじりやとうもろこしをおごってくれたりした。
子供達もめっちゃかわいくて、こっちをみてはにこにこしてた。
インドのこどもは目がまんまるでおおきくてほんとにかわいい!人懐っこくって、写真が大好き。このまま育ってくれたらまじいいんですが、その中の何人かは憎たらしい詐欺師になってしまうんでしょう、、、ほんと残念でならないわ〜、、、まあ巨大人口インド、詐欺師はほんとにごくわずかなんだろうけど強烈すぎるんだわ。。。
ネパールのローカルバス。屋根の上まで人が乗ってる。

ネパールとインドの国境越えはめちゃくちゃ楽チンでした。賄賂も要求されることなく、両替さえしていけば何にも問題ないです。ただ、次の目的地にいくツアー客引きにさえ気をつけていればまったく問題ない。バスには直接乗ったほうがいいかも。ツアー会社をとおすと300円くらいのコミッションが加算されるし。
 インドを自力で旅しようというのは相当な体力がいります。でないと出るお金の半分は手数料になってしまう国。自分でできることだらけなのに。。。ポカラで少し心を休めたいと思った。。。
ポカラへは国境から9時間のバスの旅。何度もバウンドしながらやっとたどり着いたときは夜の9時。次の日、あまりにゆれすぎたバスのせいでちょっとばかり全身が筋肉痛でした。足を置く場所もなくずっと椅子の上に体育座りだったからさすがの私も疲れてしまった。。
インド人のおっちゃんはめっちゃ親切にしてくれたけど、ごめんなさい。かまわれすぎも疲れるんです。。ああ〜、病んでるね。

ポカラ、休まる場所だといいな。

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┃┃ 2008.05.19  のんびりだらだら。ポカラは熱海。
ポカラを日本にたとえるなら熱海かな。と、バラナシで出会った日本人が言ってました。確かに〜って感じですけど、そうだなあ、私がたとえるなら河口湖か奥日光かな〜。湖畔があってボートにのれて、おしゃれなカフェやホテルが連なってて。。
一泊500円くらいのホテルがいっぱいあって、しかもめっちゃ広くて綺麗なホテルにチェックインしました。
ホテルのオーナーが特別プライスで280Rsにしてくれたので、連泊することに。


ポカラの町は湖の辺が観光地の中心。

めっちゃやさしく面倒見いいんだけど、ちょっとなれなれしすぎるところは目をつぶって、まあ、部屋もいいし、特別危害もないし、いいか!と思ってお世話になることに。
その日はたまたまスイス人女性の2人組みが17日間のトレッキングから帰ってきていてそのトレッカーガイドと一緒に湖畔のボートで遊んできました。
英語もできるしとっても気さくな人だったんでトレッキングガイドもお願いすることにしました。
一人でやとうから、3日で100ドル、、、結構高いですわ、、、ね。まあ日本でガイド雇ったらぜんぜん高いけど。まあたった3日だからいっかな。と思って。普通20ドルから30ドルなんだって。ぼったくられてんのかしら、、、だとしたらめっちゃ悲しいんですけど。

ポカラは確かにのんびりするところだけどとりわけすることはないかな。。。
曇っててヒマラヤもみえないし、なんだか日本の田舎と変わらないのが残念でした。
ヒマラヤが見えないと、ちょうど奥日光そのものです。。。。自分で言っててなんだかむなしいけど、、、トレッキングで美しい夕日とヒマラヤが見えたらもうなんにも言いません。。晴れてくれプリーズ!

そうそう、ネパール料理はめっちゃおいしい。誰もが料理がおいしいっていうけどわかったのは、しょうゆベースの味ににた食べ物がいっぱいあるから日本人の舌にあってるようです。

ガイドと一緒にボートに乗りました。1時間200Rs(300円くらい)日本と変わらないジャン!

明日はトレッキング。10時に村のふもとを出発ですわ。


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 ┃┃ 2008.05.20-22  3日間トレッキング from ポカラ
ポカラは何にもしようとしなければ何にもないし、何かしようと思えばアクティビティはたくさんあります。
のんびり湖をみながらカフェテリアで本を読みふけってもいいし、湖の辺を歩くだけでも気持ちいいところです。一人で来ていても、ここにはたくさんの観光客が来ていて、一人で来ている外国人も多いのでレストランで隣に座ったひとと、どこから来たの〜?なんておしゃべりが弾むことも。たまにはアメリカナイズされた味が恋しくなることも旅の途中には必ずあるので、そんなときにはポカラは絶好のスポット。町にはおしゃれなカフェが連なって気軽に入ってなれた味に安心感を覚えたりします。。
本当のネパールとは程遠い場所かもしれないですが、とにかく美しい自然に出会えます。


トレッキングに向かうまでのバスの中から。

ポカラに着いて二日目、ガイドと一緒に山のふもとまでローカルバスで乗りついて、トレッキングに出かけました。
なあんにもなさそうな山道の途中で下車して、そこから小さな丘に登っていきました。

ほんとに小さな石を積み上げて作った階段を上っていくんですが、途中村人とすれ違ったりして、こんな道なのに彼女らにとっては生活道なんだなあと実感しました。しかも、彼女らの荷物は籠いっぱいに草木が詰まってます。焚き火に使う枝だったりもします。

それをビーチサンダルみたいな靴で軽々と運んでいました。

初日はたった3時間弱のトレッキング。急な山道を延々と歩いていくと、丘のてっぺんに小さな集落が見えてきました。
「今日はここにステイだよ〜」
とガイドのオルジンが言いました。着いたのは1時半くらいかな。なあんにもなくて、5月の山はヒマラヤ山脈を望むことができません。
その緑のなかに、確かに村人の生活があって、見るものすべてが、もののけ姫にでてくる江戸時代の日本?みたいでした。

スイスに行ったときも、ほんとにかわいらしい家々が丘に点在していて綺麗だったけど、ネパールの素朴な感じもなんか落ち着くなあって思いました。

真昼間に到着して、なんもすることないなあって、思って、とりあえず近くの村々を散策しよ〜って思い、カメラをもって出かけました。
するとちょっと歩いたところで石垣の上に座ってる10歳くらいの女の子に出会いました。
「こんにちわ〜。どっからきたの?」
ってその子はいいました。
「日本だよ」
「へえ、こっちにきなよ」
って、女の子は自分の家の敷地にいれてくれました。小さな妹を抱いて、家のなかではチャイを作っているところでした。息で空気をふうって焚き火にいれて、昔ながらの方法でお湯を沸かしてた。

最初に出会った村人1.

その子は採れたての木の実をはいって、くれました。さくらんぼをちょっと苦くした2センチくらいの木の実。おいしいっていったら、お姉さんと一緒に木に登っていっぱい採ってくれて、ぽけっとからあふれるくらいたくさんお土産にくれました。

左)木の実をとってくれた 右)おねえちゃんは落ち着きがあって、すごく優しい感じの子。右。

その子がつれてってくれた先はちょっとしたレストランで、カメラをもってた私に興味をもった子供達がわ〜っと集まってきました。
1,2、3.。。。つぎからつぎへと、、、兄弟からそのお嫁さんや近所の友達やらなんやらであっというまに10人以上に。。
こういうパターン、ほんと多いなあ、、、

小さい子ほどカメラに興味深々でとってとってと次からつぎへと撮影していきました。私のカメラは一眼レフだったけど、オートにしてあげて、適当にとってもそこそこうまく撮影できるようにしてあげたら、いい笑顔がいっぱいとれました。





お母さんは家に案内してくれようとしてくれたんだけど、もうくらーくなってて、オルジン(ガイド)が心配してるかもっておもって
引き上げることにしました。
子供達はまだまだ〜って、引きとめようとしたけど、一番上のおねえちゃんがそっとカメラを返してくれて、子供たち3人がホテルまで送ってくれました。時間があったらゆっくりまた来て見たいなあって、思いました。ポストもない、すごく不便なところでした。
「写真、送ってね」
と、何度も何度もお願いされて、私もぜったいあげたかったから、ガイドにお願いしたら、
「僕は何度も行くから彼らに渡してあげるよ」
って、快く引き受けてくれました。

村の子供には何度も出会ったけど、本当に人懐っこくて優しくって、外国人がめずらしいのか好奇心むき出しで体当たりしてきます。
そのたびにチョコレートとペンはないの?ってねだられます。
この子もはじめであったときは一言そう言われました。
「ペンは家庭によっては手に入れるのが難しいこともあるよ」
ってオルジンは言ってました。

スイーツは虫歯になるからあげるのはあまりよくないって本に書いてました。でも、すごくいい思いでをくれたこの子達に、写真と一緒にノートとペンを贈ってあげようって思いました。
できれば直接届けてあげたいけど、無理だから、手紙を添えて、お礼の気持ちを伝えられたらなあって思っています。

5月は雲に隠れてヒマラヤは一度にすべて望むことができません。ちょっとだけ顔を出した隙に撮った一枚です。

次の日は9時くらいに村をでて、反対側の丘までバスで登っていきました。
丘の上をのんびーり歩いていくと、バッファローがずうっとこっちに興味をもってみてきます。
外国人っていうのがわかるんでしょうか?

じろじろ見られる。途中のっそのっそと歩いてたりするけど走って逃げていく。私のほうが強そうなのか??
草花が咲き乱れていて、日本じゃ見たことのないかわいらしい山のお花を見ることができました。


のんびーりしてて、すごおく素敵です。ヒマラヤは望めませんでしたが、ポカラの空は昼はとても晴れ渡っていて、Tシャツでも暑いくらい。
村人がバッファローで畑を耕していたり、道端ではヤギが親子でお散歩してたり、ほんとやすらぎ気分です。

やぎを捕まえてみせてくれた。そのあとチョコレートはないの?っていつものように。ごめんね。ないんだよ〜。。

道端からのびる家までのアプローチ。へらべったい石を積み上げて小さな小道を作っていました。
途中小学校があって、浜松市から寄与されたと書いてありました。ネパールには日本からこうして寄与された学校や施設がたくさんあるそうです。ネパールの人たちがこうして優しく接してくれるのはこうした小さな日本人の行いが評価されてのことなのかもしれません。
一人ひとりが彼らの心に刻み込まれ、次におとづれる日本人に対する態度にあらわれるのかもしれません。おばあちゃんが旅に出る前に言っていました。日本の代表なんだから、って。大げさかもしれないけど、彼らがであった私はりこである前に日本人、それ以上に大きく意識されるものはないんだと思います。

二日目のホテルは丘のてっ辺から湖とヒマラヤ山脈の山々を見られる絶好のスポットでしたが残念ながら山脈は一度たりとも姿を見せてくれませんでした。ポカラのレイクサイドから歩いていける距離なので、たくさんの外国人が訪れていました。
晴れわたる空にスカイダイバー達がおのおのに楽しんでました。
3日目の朝焼け。山々の下に雲が広がってて幻想的です。

ポカラに2人で来たならガイドをやとう必要はないなあって思いました。特に3日くらいだったら。
そこには村人がいるし、すっごく安全だし。あと、トレッキングしないと魅力は半減してしまう街です。3−4日滞在してゆっくり村の人の生活をみてみるのもいいかも。ゲストハウスはいたるところにあるから本気登山じゃなければ困ることはありません。
ただ、夜は寒いので水シャワーが体に堪えるので長期間はきついかもしれない、、、
私のショートとトレッキングは、たまたまだったかもしれないけど、あの子達に出会えたのがかけがえのない思い出になりました。
また会いたいな。

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┃┃ 2008,05,23  日本人であること。
今日のポカラは一日中さえない天気でした。ぱらぱらっと雨が降ったかと思えば、いきなり青空が見えて、山の天気らしくなんとも予想しがたいお天気。

インドに入って2週間ちょっと。最近はさすがになれた味を求めるようになってきました。
道のまんなかに休憩スペースがある。これがネパール流。

宿泊しているホテルから歩いて20分くらいのところにあるイタリアンレストランに行ってきました。実は昨日もスパゲッティーが食べたいなあと思って近くのレストランに行ったのですが、そこで出てきたのは、なんとパスタどころか、焼そばの麺でした!味付けも塩味ですっごくまずくって、ぜんぜん食べられずに
「病み上がりだから全部食べられなくってごめんなさい」
といって出てきてしまいました。。。
ラッシーはおいしかったんだけどね。プレーンで。
今日はおいしかったよイタリアン〜
余談★新しく購入した辞書はがつがつ活用しています。心の中で思ったこと、分からなかった単語などなど繰り返し調べ続けています。意外と簡単な単語で表現できるもので、知っていると理解しているの違いを認識させられます。

インドネパールについて、今までとちょっとだけ違ったことがあります。
今日はツーリストとして旅する私が接した一部の現地人について話したいと思います。

今まで私が旅してしてきた国はやっぱりなんだかんだいって、経済的に豊かな場所が多かったのだ、ということです。
インドは今こそ経済大国になりつつありますが、それでもまだ人々の意識の中にはカーストが根付いていて、人間としての人権も無視された人が大勢います。私達日本人なんて、危機意識のないボーっとした、だましやすい国民。彼らの獲物である自分を意識したときに、生活の中で人を疑って生きる必要のない自分がこんなにも弱いものなんだと思ってしまうくらい、一つ一つにすごく神経を尖らせてしまうのです。。。

一方ネパールに入ると、それこそ金を根こそぎ取ってやろうという意識こそやわらぐものの、豊かな国から来た日本人、というフィルターを通して見られるのは変わらない。
どこにいっても日本人か?彼氏はいるのか?日本人の女性は素直でかわいい。日本人と結婚したいよ。なんて、馬鹿にするのもいい加減にしてくれ!と叫びたくなるほど同じ台詞をふっかけてくる。
私は私である前に、日本人女性、ただそれだけなんだ。と、嫌でも思わされる。
なんだか自分という存在が彼らにとっては単なる金と豊かな国から来た金持ちのツーリスト、それだけなんだと思われるのは仕方がないのかもしれないけど、すごく悲しいやらなんやらで複雑なのです。。。

ネパールの平均月収は日本人の20分の1ほどです。農業に従事する人が大半で、それこそ学校に行ってもノートも手に入れるのが大変な家庭がたくさんあります。
それでも国外の40パーセントの支援金がこの国を支えているのにもかかわらず本当の貧困層にはその援助が届かないそうです。
日本ですごく大きな問題になっている年金も、それこそそんなシステムすら存在せず、彼らの両親は子供が面倒をみなければいけないそうです。

そんな現実を垣間見、知っていると、私は彼らにとっては単なるお金にしか見えないのは当然なのかも知れないし、自分が生きていくために一番効率的な方法をとろうと行動にでるのはわかるけど、でも、やっぱり一個人として複雑で、気分的に嫌なものであることには変わりないのです。。。
女の一人旅、やっぱり一筋縄には行きません。

注)もちろんごく一部の人に過ぎないのです、、誤解しないでください(汗)

インドは田舎がいいって聞きました。私は今回は時間がなくって、都会や観光地ばっか周ってたのでなお更客引きがしつこかったんでしょう。
どこの国にいってもやっぱり私は都会が苦手です、、、ああ〜もうすぐデリーにもどらなきゃ。。。。
旅先のバックパッカーに、デリーインはきっついね〜〜〜って言われました。(デリー発着のこと)ほんと、その通りです。
ポカラで鋭気を養っていかねば!!

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 ┃┃ 2008.05.25-27 ブッタ誕生の聖地 ルンビニへ
今回のインドネパール最後の目的地、ルンビニへの旅路をスタートしたのは25日朝6時。
ホテルのオーナーチョビのバイクに乗って、ツーリストバスストップへ向かいました。
チョビはポカラでずっとお世話になったホテルのオーナー。
とはいっても29歳で私と年もそんなに変わらないんだけど、商売上手。
ホテル代金は結構サービスしてくれたけどトレッキング代金を彼は相当儲けたと思うので、後になってしっかりしとるわこいつ、って思うくらいちゃっかり請求するとこしてくれました。(苦)
計7日間の滞在を経てようやくポカラを脱出。
ここからデリーに戻るには1日じゃむりなので、途中経路にあるルンビニに寄ることにしました。私的にはあんまりブッタどうのこうのっていうのはあまり興味のあるものではなかったけど、後になってやっぱり私は日本人だ〜って思いました。
ルンビニ、各国からのお寺が整然と並んでいて、各国からの巡礼者が集まる場所、そこに立ち寄る旅人、なんだか今回の旅で一番心休まる場所でした。

ポカラを出たのが6時半。そっからツーリストバスにのって6時間くらいでルンビニに到着します。
ルンビニはネパールとインドの国境の町、スノウリより10分くらいのとこにあるバイラワという町からローカルバスで1時間。ポカラからたった5時間ー6時間いったところなのに、そこはもう熱帯の国でした。ああー、暑いところに戻ってきちゃった、、、

国境はいつも大渋滞。でもとても楽チンに国境越えできます。

ローカルバスは外国人は私一人。相変わらず入りきらんばかりの人をぎゅうぎゅうにつめて満員御礼200%になってから目的地のルンビニに向かった走りはじめました。となりのおばちゃんがなんやらネパーリー語で話しかけてくると思ったら水をくれってゆーことらしく、ぬるーくなったペットボトルのお水をあげました。立ってい乗っている少年の手には毛も抜けかけている震えた鶏がしっかりと握られてました。またまた、ネパールだなあ、としみじみ思ってしまいました。
とはいえ、ネパールのローカルバスではしっかり地元のひととおんなじ30Rsで乗ることができて大満足★ああ、インドじゃない♪ってちょっとだけ嬉しかったのは自然な感想です。
乾いた大地をぬけて、広いサバンナみたいな道をずうっとまっすぐバスが走り続けて約1時間。こじんまりとしたマーケットが見えたと思ったら、城壁みたいなのが見え初めて、お寺っぽいものが確認で来たの思ったのでついたかな〜?なんて思っていたら、ルンビニと書かれた看板がすぐに見えてきました。
バスの男のこが顔をくいっと横に傾けて着いたよって教えてくれました。こっちのバスは運転手と運賃回収係がいて、働いてる男の子は18才くらいでなかなかのイケメン君が多いです。(余談)着いたのを素直に教えてくれるのは感動★これってふつーのことかもしれないけどインドじゃ10人に聞いても行きたい場所にたどり着けないこともざらだからなかなかうれしいものなのです(笑)バスでもたまにぼったくったりするし。

ルンビニは、うわさに聞いたとおりめっちゃ敷地が広くって、まったくなんにもないところでした。ここで私が目指すのは韓国寺。ポカラで出会った韓国人の子がめっちゃリラックスして食事もおいしくて大満足で帰ってきたのと、ネットでしらべたらいろんな人が利用してたんで、私も訪れてってみることにしたわけです。

ルンビニのお寺には巡礼者のために、お寺に無料の宿泊施設を併設しているところもあって、そのほとんどがドネイション(寄付)でとまることができるそうです。立派な日本寺もあるけど、どうやら日本のお上人さんがいらしているときだけでそのほか結構決まりごとも厳しいみたいなので短期滞在には向かないなあとおもって韓国寺にしました。実はキムチが楽しみだったりして(笑)

ルンビニのランドスケープはあの有名な丹下健一がデザインしています。丹下さんは私も結構好きな建築家だったし、そのデザインをもとに世界各国のお寺が創設されていくのはなんだか感慨深い感じがします。



韓国寺のてっぺんからみた風景はその姿を一望できてまだまだ完成には程遠いけど、ゆくゆくのルンビニの姿を思い描くことができます。
寺には世界各国から外国人が訪れていて、みんな背景は違うのに、今までの旅のことととか、旅をしていて何を思ったとか、なんだか共通の話題がたくさんあって今までの場所とはちがった交流を楽しむことができました。

私が出会ったルーマニア人は旅をしながらいろいろなボランティア活動に参加したりしていて、ほんとうにいろいろな経験や活動をしている人でした。ほかにもオーストリア、イギリス、ドイツと国籍の豊かさには驚くものがありました。
ブッタの生まれ聖地、世界中からの巡礼者がおとづれる以上に世界中からの旅人に出会える、
旅の聖地でもあるのかもしれないですな。



次の日あまりの暑さに(おそらく40度は越えている)お寺の中に引きこもっているとポカラで出会った韓国人の女の子が到着しました。
彼女は日本に3年留学していて、普通に日本語で会話できるくらいぺらぺらでした。インドを含めてアジアを3ヶ月旅していて、そろそろ親に帰れっていわれているらしく、どうしようか迷っているところでした。ちーちゃん(韓国人)は私にとっては2人目の韓国人の知り合いで、日本語がこんなに話せるのはまたとないチャンス!ってことでいろいろ韓国について教えてもらいました。
ヨンさまはまったく韓国じゃあマイナー選手ってことや、日本で言う黄粉牛乳の作りかた、済州島(日本で言う沖縄)、日本人が絶対しない箸渡しでとまどったことなど・・・。
彼女と話していると、本当に韓国も日本も言葉の壁さえなければもっと分かり合えるのにって、思いました。どっちかというと日本人のほうが韓国に対してあまりいい感情を抱いていないのかなあ、それともあまり興味がないだけ??思ってみれば日本語を習っている韓国人はたくさんいるのに韓国語を習っている日本人はすっごく少ないしね。



彼女とはこのルンビニを一緒にぷらぷらしたんですが、丹下さんがデザインして、日本が寄与した図書館と博物館を見学してきました。
日本人とわかるとここの警備員の人は、すごく親切に接待してくれて、すごくいい紙をつかった日本語訳のパンフレットまで用意してくれました。残念ながら図書館は研究者しか入れない場所らしく、警備員の人は小さな小部屋に通してくれて、閉館までいていいよ、といい、冷たいお水まで持ってきてくれました。この水、実はインド、ネパールに来て初めてタダでいただいたお水でした。すごく、感激してしまいました。
たかがお水、すっごく冷えていたお水になぜかすごく心が安らいでしまったのでした。



韓国寺は評判とおり、ごはんがおいしかったです。ずうっとインドの油っぽいものに胃が受け付けずに3週間続いていた下痢もここで治ってしまいました。キムチ、やご飯、野菜、果物と、質素ではあるものの、3食ついて、寄与なのです。前に出会った韓国のこはここに3000ルピー置いていったそうです。

ネパールインドの国境越えをするときはぜひ、ルンビニへ寄ってみてはいかがでしょうか。

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